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東京高等裁判所 昭和55年(行ス)5号 決定

抗告人(申立人) 東京都地方労働委員会

補助参加人 総評・全国一般東京地方本部微生研労働組合

相手方(被申立人) 森産業株式会社

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件緊急命令申立の趣旨及び理由は原決定記載のとおりであり、本件抗告申立の趣旨及び理由は別紙一記載のとおりである。

二  疎甲第七号証及び一件記録によれば、本件緊急命令申立の基本となつた抗告人東京都地方労働委員会(以下「抗告人委員会」という。)の不当労働行為救済命令は、補助参加人総評・全国一般東京地方本部微生研労働組合(以下「補助参加人組合」という。)が相手方森産業株式会社(以下「相手方会社」という。)に対し、別紙二記載の内容を有する不当労働行為救済命令の申立をなしたについて、その一部を分離して審査終結のうえ発せられたものであることが認められるところ、右救済命令は理由中において、抗告人委員会が右救済命令申立事件におけるもつとも重要な争点であると主張する「相手方会社が補助参加人組合に所属する組合員らに対し使用者たる地位を有するか否か」の点につき、これを積極に解する旨を宣明したうえ、相手方会社に対し、「相手方会社による昭和五二年一月以後の株式会社微生物経済研究所への資金打切りの根拠について」(以下「運営資金拠出停止の根拠について」という。)の補助参加人組合の団体交渉申入れを拒否してはならない旨を命じているのであるが、右命令のいうが如く、相手方会社が右組合員らに対し使用者の地位にあるものとすれば、同じく補助参加人組合が団体交渉事項として挙げている組合員らに対する昭和五二年二月分以降の賃金未払いの理由ならびに右賃金支払いについての団体交渉要求を未解決にしたまま、何が故に団体交渉事項としては背景的事情にすぎない事項(「運営資金拠出停止の根拠について」の問題は、賃金支払いの問題が解決するならば、それ以上特に追求する必要はないし、また賃金支払いの問題が解決しない限り、それだけが別個に解決を見るということも考えられない。)のみについて、本件救済命令を発したのか、その理由は那辺にあつたのか、まことに理解に苦しむところであつて、この点につき首肯すべき理由を示さない本件救済命令は著しく不相当といわざるをえない。それ故、本件緊急命令の申立もまた相当性を欠き、失当というべきである。

三  原決定は、右と異なる理由をもつて本件緊急命令申立を却下したが、その理由はともかくとして、結論は正当であるから、本件抗告の申立はこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 石川義夫 廣木重喜 原島克己)

(別紙一)

一 抗告の趣旨

原決定を取消し、本件を東京地方裁判所に差し戻す。

二 抗告の理由

(一) 原決定は、「森産業の運営資金拠出停止の根拠は、既に本件救済命令によつて認定されている」としたうえで、「微生研労働組合が求めている森産業との団体交渉の交渉事項は、運営資金拠出停止それ自体でなく、拠出停止の『根拠』に限定されているのであるから、本件救済命令に緊急命令を発して森産業と微生研労働組合との間で右事項について団体交渉の場を設けることを命じても、既に救済命令中で認定済みの事実を繰り返させるに等しいというべく、ここで敢て緊急命令を発することの相当性は甚だ疑問である。」といわねばならないとして、抗告人の申立を却けている。

しかしながら、原決定が右理由により緊急命令申立を却下したことは、以下述べるとおり、本件救済命令の認定事実を誤つて引用し、かつ、事案の本質を理解せず、労働組合法における団体交渉制度の誤解に基いた理論であつて、右は労働組合法第二七条第八項の解釈を誤つたものといわなければならない。

(二)(1) 原決定は、本件救済命令中の「森産業は、五二年一月に入ると、五一年度の微生研への支出予定額六、八七〇万円の残が一五二万円になつたのにかかわらず、それに見合う『きのこ』誌の納入が見込めないとして、前年までの取扱いを変えて、予算を超過する微生研への運営資金拠出を停止した」という部分を引用して、「森産業の運営資金拠出停止の根拠は既に本件救済命令によつて認定されている」と断定しているものであるが、右認定は誤りである。

原決定の右引用部分は、本件紛争の単なる事実経過として、森産業が(微生研労働組合に対してでなく、微生研に対して)通告した運営資金拠出停止の理由を掲示した部分にすぎないものであることはその文面上も明らかである。この点につき、本件救済命令は、その判断事項のうち(3)において示したとおり「森産業は、……微生研との関係が別個の独立法人間の単なる取引関係にすぎないかのごとき外形を整えたうえで、本件紛争の原因となつた微生研への資金拠出を停止したものである」としたものであつて、森産業による右通告内容までを首肯したものではない。したがつて、原決定が認定したように運営資金拠出停止の根拠は明らかになつていないのである。

(2) また、原決定が微生研労働組合が求めているのは「運営資金拠出停止それ自体でなく、拠出停止の『根拠』に限定されているから」として、右は既に明らかになつたのであるから団体交渉の必要性は見出し難いと判示しているけれども、これは、徴生研労働組合が申入れた団体交渉の交渉事項がたまたま「運営資金拠出停止の根拠」と表現されてあつたことを捉え、これを却けるための単なる形式論といわざるを得ない。しかし、その点はさておくとしても、本件において、森産業は、前年までの取扱いを変えて運営資金の拠出を停止したのにかかわらずその理由については本件審問の過程においても一切明らかにされていないものであるが、右前年までの取扱いを変更した理由も、当然、本件における団体交渉事項の運営資金拠出停止の『根拠』に含まれるものと解釈すべきものといわねばならない。したがつて、この点からも、原決定が「審問の過程においてその根拠は明らかになつた」と判断したことは誤りである。

(三) さらに、原決定は、団体交渉に関する無理解に基く重大な誤りを犯している。

即ち、通常、労使間において利害の対立する事案が生じた場合、先ず平和裡に事案を解決すべく労使双方が協議を尽すことが団体交渉であつて、相互間の誠意を前提に、相手方主張の理解および相手方に対する説得、あるいは譲歩等の諸内容を含んで協議は進展するのである。これは、単に自己の意思を相手方に伝達すれば足りる説明会とは全く異質のものである。

ところが、原決定は、森産業が微生研に対して一片の内容証明郵便をもつて運営資金拠出停止の理由を通告した事実(説明会ですら質疑応答の場が設定される)を捉えて、本件団体交渉の必要性を否定している。したがつて、この論理によれば、使用者は、労働組合からの団体交渉申入れに対して、何らかの見解を通告しさえすれば、団体交渉応諾の義務を免れることになり、右理由が到底首肯し得ないものであることは極めて明らかである。

特に本件の場合、森産業は、審問あるいは取消訴訟の本案事件の全過程を通して「運営資金拠出停止の根拠は既に明らかになつているから本件団体交渉の必要性はない」とは全く主張していないものであるが、原決定は、かかる森産業をして団体交渉の場で「根拠は救済命令認定のとおり」と主張すれば団体交渉拒否に当らない〔明白に誤りであるが〕と示唆するに等しいものといわざるを得ず、右は甚しく失当であることは極めて明白である。

(四) しかのみならず、原決定は本件事案の本質を見誤つてこれを理解せず、あらかじめ自己の定立した結論を修飾するための形式論を掲示したにすぎず、到底承服しがたいものである。

本件において森産業が微生研労働組合の団体交渉申入れに応じないのは、「森産業は団体交渉の相手方でない」とするためであつて、原決定の誤り指摘する如き「運営資金拠出停止の根拠は明らかになつている」などということでないこと、原命令を一読すれば自明である。即ち、本件における問題の本質は、森産業は団体交渉の相手方足り得るや否やの一点に存するのであり、すぐれて労使関係の現実に即して判断されるべき事項である。これが本案における争点となるべきことは明らかであるから、原裁判所がこの点について本申立の当否を判断する限度で、その当否を判断するならばともかく、何故に本件で問題となつてもおらず当事者の主張もしない団体交渉拒否事由を持ち出すのか。労働組合法第二七条第八項の緊急命令発付の有無が受訴裁判所の裁量に委ねられているとしても、その恣意を許すものではない。原決定の理由は理由として無きに等しく、その違法は明らかである。

(五) 以上述べたとおり、本件緊急命令申立を却下した原決定は違法として取消を免れないと思料するので、民事訴訟法第四一〇条を適用して本件抗告に及んだ次第である。

(別紙二)

請求する救済の内容

一 被申立人は申立人が昭和五二年三月二日付でなした左記事項に関する団体交渉申入れを拒否してはならない。

(一) 森産業株式会社による昭和五二年一月以降の株式会社微生物経済研究所への資金打切りの根拠について

(二) 昭和五二年二月分以降の株式会社微生物経済研究所従業員への賃金未払いの理由

(三) 左記記載の株式会社微生物経済研究所従業員への未払い賃金の支払いについて

従業員一〇名に対する未払い賃金

総額五、七八〇、〇五六円

二 被申立人は別紙債権目録(一)及び(二)記載の申立人組合所属組合員に対し、同目録(一)記載の昭和五二年二月分賃金及び同目録(二)記載の昭和五二年三月分賃金を支払わなければならない。

三 被申立人は、別紙債権目録(三)記載の申立人組合所属組合員に対し、昭和五二年四月一日以降毎月二五日限り同目録記載の各賃金を支払わなければならない。

四 被申立人は別紙陳謝文を申立人に手交し、かつ縦一メートル横二メートルの用紙に明瞭に墨書して、被申立人本社正面玄関、被申立人東京ホレステリン支社一階ロビー及び株式会社微生物経済研究所東京事務所入口に一週間掲示しなければならない。

との命令を求める。

(別紙債権目録(一)(二)(三)省略)

陳謝文

森産業株式会社は昭和五二年五月一七日貴組合がなした

一 森産業株式会社による昭和五二年一月以降の株式会社微生物経済研究所への資金打切りの根拠について

一 昭和五二年二月分以降の株式会社微生物経済研究所従業員への賃金未払いの理由

一 左記記載の株式会社微生物経済研究所従業員への未払い賃金の支払いについて

従業員一〇名に対する未払い賃金

総額 五、七八〇、〇五六円

を議題とする団体交渉申入れを正当な理由なく拒否しました。

さらに貴組合および貴組合員の活動を嫌悪して貴組合所属組合員の昭和五二年二月分以降の賃金の不払いをいたしました。

この行為は、労働組合法第七条一号、二号に該当する不当労働行為であることを認め、貴組合に陳謝するとともに、今後このような行為を繰り返さないことを誓約します。

昭和  年  月  日

森産業株式会社

代表取締役 森喜作

同     森喜美男

同     若江理一郎

徴生研労働組合

執行委員長 新居崎邦明 殿

(以下組合員省略)

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